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「与える」ことが逆境を生き抜く力になる理由:科学的知見と実践論

Tags: 与える, 逆境, レジリエンス, 心理学, 実践ヒント, 社会貢献

不確実な時代における「与える」ことの価値

現代社会は、予測困難な変化や、時に理不尽な逆境に満ちています。経済的な変動、社会構造の変化、予期せぬ災害やパンデミックなど、個人や組織が直面する困難は枚挙にいとまがありません。このような状況下で、どのように内面的な安定を保ち、前向きに進む力を維持できるのかは、多くの人々、特に社会貢献活動に携わる方々にとって切実な問いです。

こうした時代だからこそ、「与える」ことの持つ力が再評価されています。「与える」行為は、単に他者や社会への貢献に留まらず、行為者自身の内面に深い肯定的な変化をもたらすことが、近年の心理学や脳科学の研究によって明らかになってきました。特に、逆境や困難な状況において、「与える」ことがどのように私たちを支え、生き抜く力となるのかを探求することは、自身の活動を続ける上での重要な示唆を与えてくれるでしょう。

この記事では、「与える」ことがなぜ逆境に強い力を発揮するのかを、科学的な知見に基づきながら解説し、さらに、困難な状況下で「与える」ことを自身の活動や生活に取り入れるための具体的なヒントを探ります。

「与える」行為が逆境下のレジリエンスを高める科学的メカニズム

レジリエンスとは、困難な状況やストレスに適応し、立ち直る精神的な回復力やしなやかさを指します。「与える」行為は、このレジリエンスを高める効果があることが複数の研究で示唆されています。そのメカニズムは多岐にわたりますが、ここでは特に重要な点をいくつかご紹介します。

1. 自己肯定感と自己効力感の向上

逆境に直面すると、私たちは無力感や自己否定感に苛まれやすくなります。しかし、たとえ小さなことでも他者に「与える」ことで、「自分は誰かの役に立つことができる」「この状況でも貢献できることがある」という感覚(自己効力感)が生まれます。これは、自己肯定感を高め、困難な状況下でも「自分には状況を変える力がある」というポジティブな自己認識を育むことに繋がります。スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・ドゥエック氏の「Growth Mindset(成長思考)」の概念にも通じるように、自分の行動が結果に影響を与えるという感覚は、困難への立ち向かい方を根本的に変える力を持つのです。

2. ポジティブ感情の生成とストレス軽減

「与える」行為は、脳内の報酬系を活性化させ、幸福感や満足感といったポジティブな感情をもたらすことが神経科学的研究で示されています。他者への親切や貢献は、脳内でドーパミンやオキシトシンといった神経伝達物質の放出を促します。ドーパミンは快感や報酬と関連し、オキシトシンは信頼や絆の感情を深めます。これらの物質はストレスホルモンであるコルチゾールのレベルを低下させる効果もあり、心身の健康維持に貢献します。困難な状況下ではストレスが蓄積しやすいですが、「与える」ことで意図的にポジティブな感情を生み出すことは、その影響を緩和する有効な手段となり得ます。

3. 社会的繋がりの強化

逆境に立ち向かう上で、他者との繋がりは非常に重要な支えとなります。「与える」行為は、受け取る側との間に感謝や信頼といったポジティブな関係性を築き、社会的な絆を強化します。困難な時には孤立しがちですが、誰かに「与える」ことを通じて生まれる繋がりは、安心感や所属感を与え、精神的な孤立を防ぎます。また、与えることで感謝される経験は、さらに他者との良好な関係を維持しようという動機付けにもなります。

実践者が語る:逆境下での「与える」経験から学ぶこと

社会課題の解決や地域貢献に取り組む人々は、しばしば資金や人員の不足、社会からの無理解、活動の対象となる人々の抱える根深い問題など、様々な困難に直面します。しかし、そうした逆境の中でも活動を続ける多くの実践者は、「与える」ことの中に活動の推進力や、自らを支える力を見出しています。

例えば、資金繰りに窮する中で、それでも支援を必要とする人々に寄り添い続けるNPO職員は、「助ける側」であると同時に「与える」行為によって自身の存在意義や活動の価値を再確認しています。困難な状況であればあるほど、自分の小さな行動が誰かにとって大きな助けとなる瞬間に立ち会うことが、活動を続ける上での何よりのモチベーションとなり、無力感に打ち勝つ力となります。

また、社会からの厳しい批判や誤解に晒されながらも活動を続ける社会活動家は、自身の信念に基づき「与える」(情報提供、提言、支援)ことをやめません。それは、「与える」行為が、共感する人々との連帯を生み、孤立を防ぐからです。困難な状況下での「与える」行為は、単なる施しではなく、共通の価値観を持つ人々との間に強固な信頼関係を築き、共に困難に立ち向かう基盤となるのです。

こうした経験は、「与える」ことが、単に「持っているもの」を提供する行為ではなく、困難な状況下でこそ真価を発揮する、内面的な強さや他者との繋がりを生み出す動的なプロセスであることを示しています。

逆境・変化の時代に「与える」ための実践ヒント

不確実性が高く、困難に直面しやすい時代に、「与える」ことを自身の力として活用するためには、いくつかの実践的な考え方があります。

1. 「与える」の定義を広げる

「与える」ことは、お金や物だけではありません。時間、スキル、知識、情報、共感、励ましの言葉、笑顔など、様々な形で「与える」ことができます。特に困難な状況下では、物理的な資源が限られることが多いですが、自身の内面的なリソースや経験を「与える」ことはいつでも可能です。どのような形であれば自分にとって無理なく「与える」ことができるか、そして、それが誰かのどのような助けになるのかを考えてみましょう。

2. 小さな「与える」を継続する

大きな貢献を目指すあまり、行動できなくなることがあります。逆境下では、まず「小さな与える」から始めてみましょう。例えば、チームのメンバーに温かい言葉をかける、同僚の悩みを聞く時間を作る、SNSで役立つ情報をシェアするなど、日常の中にある小さな「与える」機会を見つけて実践します。こうした小さな行為の積み重ねが、自己肯定感を育み、ポジティブな感情を持続させることに繋がります。

3. 「与える」ことから得られる内面的な報酬に焦点を当てる

「与える」行為の結果として、すぐに目に見える大きな変化や成果が得られないこともあります。特に社会課題解決の現場では、長期的な視点が必要です。このような時こそ、「与える」ことそのものから得られる内面的な報酬(自己肯定感、満足感、繋がりを感じる経験など)に意識を向けることが重要です。結果に一喜一憂するのではなく、行為そのものが自分にもたらす肯定的な影響を認識することで、モチベーションを維持し、困難な状況でも行動を続ける力に変えることができます。

4. 適切に「受け取る」ことも忘れない

「与える」力を維持するためには、自身もまた適切に「受け取る」ことが不可欠です。他者からの支援、感謝、フィードバックなどを素直に受け入れることは、エネルギーを補充し、燃え尽きを防ぐ上で重要です。また、「受け取る」ことは、他者に「与える」機会を提供する行為でもあります。「与える」と「受け取る」の健全な循環を意識することが、持続可能な貢献活動、そして自分自身の幸福に繋がります。

結論:変化と逆境を生き抜く「与える」力

変化が激しく、時に厳しい側面を見せる現代において、「与える」行為は、単なる利他的な行動以上の意味を持ちます。それは、私たち自身が逆境に適応し、内面的な強さを育み、他者との繋がりを通じて困難を乗り越えるための強力なツールとなり得ます。

科学的な知見は、「与える」ことが心理的な健康を促進し、レジリエンスを高めるメカニズムを解き明かしています。そして、社会貢献の現場で活動する多くの人々は、その経験を通じて「与える」ことの持つ実践的な力を証明しています。

「与える」ことは、特別な才能や資源を必要とする行為ではありません。日々の小さな意識と行動から始めることができます。そして、その一歩一歩が、不確実な時代を生き抜く私たち自身の力となり、周囲の人々、そして社会全体のレジリエンスを高めることに繋がるでしょう。困難な状況に立ち向かう今だからこそ、「与える」ことの持つ可能性に目を向け、その力を自身の人生と活動に活かしてみてはいかがでしょうか。